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翼の胎動
地球防衛軍
●UN-XA
●UN-XB




開発前夜


 二度の世界大戦と長き冷戦の後に迎えた二十世紀末は、思想や宗教の違いが生む果てしなきテロと紛争の時代であった。この哀しき状況に終止符を打つべく、当時の国連事務総長サワイ・ソウイチロウとそのオブザーバーであるヨシオカ・テツジが尽力して発足させたのが、「全世界の科学と軍事力を結集させ、全世界の人々をテロや紛争、そして災害を含むあらゆる理不尽な被害から救う、国連直属の地球的救助防衛組織」、地球防衛軍【UNDF】である。彼らの活躍によって、動乱の時代はようやく治まるかと思われた。
 だがその頃、新たな試練が人類を襲おうとしていた。突如世界各地で急増した、異変的自然災害である。場所を選ばず発生する「原因不明の現象」が、当該国家からの要請で現場に急行した【UNDF】や国連派遣使節、民間協力隊の者達を深刻に悩ませた。調査解析に協力する科学者達の口からは、「重力」「次元」「素粒子」などこれまで科学雑誌の中でしか聞いたことのないような言葉が発せられ、過去の知識と技術の蓄積を元にした技術や装備は、事実上無力に等しかった。
 ことここに至りサワイ事務総長が提案したのが、「全世界の軍事組織を解体し武装を無力化した上で、各国から全世界各国が惜しみなく最新技術と人材を持ち寄り、全世界のあらゆる理不尽な危機的状況を解決するために即座にかつ全力で活動する、国連を母体とした世界的平和運営組織」、すなわち【世界平和連盟構想】であった。サワイのかねてからの理想でもある「全世界非武装化」も盛り込まれたそれは、当然「武装組織としての【UNDF】の解体」をも意味していた。
 元々「全世界の全ての武力の放棄」という理想論を声高に語ってはばからないサワイ事務総長への反発は多く、何より当時【UNDF】日本支部の代表であったヨシオカが「相手が何であれ、力無き人々を護ろうとするならば、それを成すための力は不可欠である」と猛反発し、議会は紛糾した。
 反対諸国への回答として、サワイは過去一年間に【UNDF】や国連派遣使節、民間協力隊が遭遇した「原因不明の災害」の数々と、国際宇宙新開発事業団 National Space Development Agency =【NSDA】が察知した過去一年間の「宇宙状況」を統計したデータを発表した。それは全人類を驚愕させるに相応しい内容だった。
 山岳地帯などに発生した「重力異常」、空中に突然現れる「次元断層」、各地で散発的に発生する出自の見当もつかない怪生物」*1、そして単なる目撃例に留まらない「未確認飛行物体」の痕跡等々───旧世紀の娯楽メディアで消費され尽くしたような「オカルト現象」が、現実のデータとしてそこに並んでいた。これらが何かの予兆であるとしたら。もし「人間以外の何か」の悪意や災いによって、人類が脅かされることがあるとしたら。仮に悪意が無いとしても、地球外の知的生命体が現れて、彼らに何らかの対応や交渉をしなければならなくなるとしたら───少なくとも、人類同志がいつまでもいがみ合っている場合ではないだろうということを、世界中がおぼろ気ながらやっと理解した。
「私が国連を通じて成そうとしていることが全て正しいとは言わないし、私自身の手で成さねばならぬ事とも思っていない。だが予見される未来において、一個の知的集団である我々人類がどうあるべきか。これを聞いている全員それぞれがいかなる思想や立場の元にあっても、それだけは真剣に考えていただきたい」
 そう語ったサワイの元に、思わぬ援護が入った。サワイの理想に賛同する科学者や思想家達が連携してサワイ指示を表明し、それを知った世界中の多くの一般市民があらゆるメディアを駆使してそれに追随したのだ。
 サワイの構想に反対していた諸国も、サワイが提示したデータを無視できない現状があった。原因不明の災害が「発生する場所=国家を選ばない」という現実が厳然としてあり、また【NSDA】が示した「宇宙状況」は、一部の大国が機密レベルで察知していた情報の真偽を証明する形になったのである。全世界非武装化というサワイの「理想」に懸念を示す反面、この地球的異常事態に即刻対処しなければならないという「現実」は受け入れざるを得なかった。
 議会の趨勢がサワイ支持の流れへ移っていく中、サワイはどんな形であれ実現するであろう【世界平和連盟】にあたる組織のために必要な「専用装備」の開発プラン提供を、全世界の科学技術者に対して発信したのだった。

 サワイが世界中の優れた頭脳達に要求した内容は、
 1.地球上の一〜数ヶ所を拠点とする前提として
 2.地球上のどこで問題が発生しても即座に現場へ到達し
 3.到達した現場の状況に関わらず離着陸及び作業遂行が可能で
 4.作業に必要な装備や多量の救援物資を難なく運搬することができ
 5.可能であれば衛星軌道など大気圏外での活動も考慮し
 6.その運用が環境に悪影響を及ぼさない機体

といったものであった。別の言い方をするならば、
「長距離旅客機よりも長い航続距離、超音速機より早い速度、ヘリコプター並みのV/STOL(垂直/短距離離着陸)性能、輸送機並みの搭載量、スペースシャトル的な地球/宇宙往復性能、有害な排気煙や放射線を出さないクリーンなエンジンを併せ持つ、究極の航空宇宙機」
とでも言うべきもので、サワイに賛同した科学者達ですら「サワイらしい無茶な理想論だ」と舌を巻いたという代物であった。
 この実現不可能にも思える要求に手を挙げたのが、メトロポリス工科大学教授カシムラ・レイコ教授が率いる「カシムラ研究室」である。

W.I.N.G.システム構造  カシムラ研究室のプロジェクトの勝算は二つあった。
 一つは【W.I.N.G.SYSTEM】と呼ばれる、カシムラ・レイコ教授が以前より独自に構想していた新概念飛行システムである。その特筆すべき特徴は、推進用噴射装置と一体型の可変翼にあった。従来の推力偏向ノズルを発展させたものを主翼内部に内包し、翼後縁から自在な角度で噴射させることで、主翼と噴射煙を一つの翼として揚力発生翼と機体制御翼を兼用させるという発想である。更に翼後縁ノズルばかりでなく、主翼そのものの向きを大きく変えることによって、垂直上昇/下降を含む従来の機動を越える自在な飛行が可能であるとしていた。推力偏向ノズル自体は従来の技術であり、またエンジンや主翼自体を可動させてV/STOLを実現しようとする試みは過去にも何度か行われていたが、技術の向上と現場の要求が一致した今こそ、これらを複合させて新たな航空機の概念を確立する千載一遇の機会だとカシムラ教授は考えていた。
可変噴射翼可動範囲  既に繰り返されたコンピュータ上のシミュレーションでは、空力的な問題はほぼ解決したと言って過言ではない状態だったが、問題はエンジンであった。従来の航空用エンジンでは自在な機動を行うためには明らかに出力が足りず、また出力自体が充分だと仮定しても、恐ろしく燃費の悪い機体になることが容易に予測された。
 ここで登場する二つめの勝算が「HPE」、すなわち「高純度エネルギー」である。当時長距離宇宙航行用に開発中だった新ロケット燃料だが、この開発と生産をしていた【NSDA】が、HPEを使った高出力・低燃費・無公害の大気圏内/外兼用ジェット/ロケットエンジン=「HPE宙/空エンジン」の実用化に成功したのである。このエンジンが搭載できれば、必要なパワーが確保できるばかりか、その特性を生かして大気圏内外のどちらでも使用可能な機体を作ることが可能になる。そして【NSDA】は、サワイが世界非武装化を実現した後に計画していた「宇宙開発構想」を前提として国連の協力の下に運営されており、その「宇宙開発構想」において必要と予測される大気圏内外を自在に行き来できる航空宇宙機の開発は、【NSDA】の将来的命題でもあった。
 新型エンジンが欲しいカシムラ研究室、新型エンジンの有効利用できる機体が欲しい【NSDA】、その両方を融合させた究極の航空宇宙機を求めるサワイの利害が一致し、カシムラ研究室と【NSDA】から選抜されたメンバーが「暫定世界平和連盟専用装備開発局」、別名「カシムラ・チーム」を結成、国連は彼らに必要充分な予算と二年の開発期間を与えた。
可変翼概念1 可変翼概念2






【Project UN-X】


 機体プランは二種類が提出された。渓谷などの狭くて着陸も出来ない状況での人命救助や障害物排除のためには、機体は小さければ小さいほど良い。一方で大量の救援物資を輸送するには大きな胴体が不可欠である。一種類の機体でこれを兼用することはさすがに不可能なため、高い機動力で目前の事態に対応する小型機UN-XAと、物資・装備・人員の輸送に特化した大型機UN-XBの二機種が計画された。
 開発は勿論容易ではなかった。HPE宙/空エンジンは基本構造が確立したばかりであり、【W.I.N.G.SYSTEM】に至っては構造から動作に至るまで全く実績のない代物である。どちらも実用レベルまで持って行くには当然時間を要したし、両方が揃えば今度は実験機を用いての飛行実験となるが、全く新しい飛行システムの実験には、言うまでもなく常に墜落の危険がつきまとう。
 大型故に開発したてのHPE宙/空エンジンがそのまま搭載可能であり、輸送型故の重量と用途の為に【W.I.N.G.SYSTEM】の構造が比較的単純だったUN-XBは、予想より順調に実験成果を上げていった。だが一方、小さな機体にHPE宙/空エンジンと極めて複雑な翼可動機構の搭載を迫られたUN-XA実験機は、ただ普通に離陸するためだけに多くの試行錯誤を必要とし、その上で不時着と墜落を繰り返した。現に二号実験機の何度目かの飛行テストにおいては、通常飛行形態から垂直離着陸形態への可変テスト時に主翼が動作不良を起こし、搭乗していたテストパイロット一名が脱出に失敗し命を落としている*2
 数々の試練はしかし、同時に多くの有用なデータをもたらした。ついに2002年中盤にUN-XB二号機が、遅れて2003年初頭にはUN-XA三号機が想定目標性能を全てクリアし、基本構造に問題無しとの結論を得た。カシムラ・チームはこの結果を国連に報告すると同時に、近く生まれるであろう【世界平和連盟】専用機体の実用試験機製作プランを提出したのだった。






●UN-XA

UN-XA三号機


開翼時全長:17.1m 大気圏内最高速度:マッハ4.0 乗員:1名

 「ジェット機よりも早く現場に到達し、ヘリよりも多彩な活動を可能とする航空機」がコンセプトの小型機。
 胴体中央左右にHPE宙/空エンジンを二機搭載し、そのエネルギーは【W.I.N.G.SYSTEM】に送られる。【W.I.N.G.SYSTEM】は噴射ノズル・主翼・方向舵を兼ねており、既存の航空機概念に縛られない自由な機動を可能とする。
 通常飛行時は主翼を速度に合わせて平面上で可変させ(フライトモード)、垂直離着陸時やホバリング時は主翼を垂直に畳んで翼縁ノズルを下方に向ける(ハイパーモード)。また飛行中に主翼を任意の方向に向けることで、従来の航空機には不可能なトリッキーな飛行も可能である。機体後端には補助推進及び可変噴射翼が使用不能になった場合のためのHPEノズルが設置されている。機首下部にはオプション装備搭載を前提としたスペースが確保されているが、この時点では搭載装備の詳細は煮詰められていない。
 水平にレイアウトされたHPEエンジン二発を中心に、コクピット・翼可変機構・補助HPEエンジンなどを可能な限り水平上に配置し、機体全体がリフティング・ボディ効果を持つ形状にまとめられた。これに主翼を最大角度で後退させた場合、水平方向の気流の流れがほぼ統一され空気抵抗が減り、全翼機に近い飛行特性を得ることが出来る。当時のHPEエンジンは基礎技術が開発したてのため、後続の機体に比べればまだ出力が弱かったが、この構造により当時の出力でマッハ4の超音速を可能にした。しかし上下に薄い胴体に可変機構まで積んだ構造は、空中での急な飛行姿勢変更による機体への負担が高く、フレームの脆弱性が問題になった。
 胴体のHPEエンジンから発生したエネルギーを複雑な構造を持つ翼可変フレームを介して可変噴射翼に送る方法も、その効率の面で不十分な面が見られた。翼可変フレーム自体の安全性・整備性もこの時点ではさほど高くなく、機体の長期維持については課題が多く残る結果となっている。HPEエンジンの宇宙空間での有効性についても、エンジン単体での稼働試験は【NSDA】の協力の下に衛星軌道上で行われたものの、UN-XAの大気圏内での飛行性能確立に時間を要したため、本体搭載状態でのHPEエンジンの宇宙機動試験までは実行されなかった。
 更にハイパーモードでの機動は自由度は高いが機体制御が難しく、単純な垂直離着陸には少々操作が瀕雑で、またフライトモードからハイパーモードへの変形時に失速など機体バランスを崩しやすいなどの欠点も浮上し、その制御システム及び補助プログラムの改良が急務とされた。従来的な構造の尾翼が飛行中の特殊機動に追いつかない点も指摘されているなど、コンセプトを前に出しすぎたために可変噴射翼の性能に頼りすぎた構造が仇になった部分も多々見られる。
 要求性能を最低限クリアしながらも実用化には課題の多すぎる機体となったが、この機体で洗い出された問題点が後の【世界平和連盟専用機】熟成のための重要な足がかりとなったことは確かであり、試作実験機としての役割は十分果たしたと言えよう。



●UN-XB

UN-XB二号機


開翼時全長:30.6m 大気圏内最高速度:マッハ2.2 乗員:1〜4名

 「滑走路を必要としない輸送機」がコンセプトの中型機。
 貨物室となる胴体のフレームには、コスト度外視で強度の高い新素材がふんだんに使われ、ほぼ正方形に近い断面構造と前後貫通式ハッチを成立させている。これにより同クラスの既存輸送機に比べて1.5倍近い積載量を得ている。
 HPEエンジンブロックは胴体の左右に張り付くように配置され、主翼も同じブロックから展開している。主翼はUN-XA同様可変噴射翼【W.I.N.G.SYSTEM】となっており、翼一枚につき四基計八基のHPE可変噴射ノズルを搭載。エンジンブロックのHPEエンジン四基それぞれが二基ずつの翼内HPEノズルへ噴射エネルギーを供給する。最大積載時の重量からUN-XA方式の主翼折り畳み式V/STOLモードは危険が大きいとして、翼可動は単純な水平二次元可変に限られた。実際の垂直離着陸はエンジンブロック下部に設置された四基のV/STOL専用ノズルで行う。機体後尾には推進補助用の独立HPEエンジンがあり、高速飛行時の推進力補助と翼内ノズルの故障時の代替噴射に利用される。
 一見して異様なのがそのコクピット位置である。開発陣が胴体貨物室の貫通構造にこだわったための産物だが、30m強の機体である故に垂直離着陸時の下方確認は重要であるものの、これは従来の機首コクピットでも目視に限界があるため、下方視界は機体各部に設置されたカメラによる映像と近距離センサーの充実によって確保された。搭乗者の乗降は機体後部側面の外装から展開するリフトで行う。
 大きめの機体であるために構造に余裕があったとはいえ、新開発のエンジンと斬新な機体構造の組み合わせで最大積載時重量でも音速を超えるという性能は凄まじい物と言えるが、開発陣はこの結果に満足せず、「積載量の更なる拡大」・「最高速の更なる向上」・「より利便性の高いハッチ展開構造(前後方向以外の搬入出経路の確保)」・「垂直離着陸時の必要着陸面積の縮小」の四つを正式採用機開発の課題として【UNDF】に報告している。








*1
 当時は怪生物といっても最大で数メートル程度であり、どちらかといえばミクロから数十センチの細菌〜小動物クラスがほとんどであった
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*2
 パイロット名はミウラ・カツヒト。なお彼の当時の妻であったミウラ・メグミは、後の【GUTS】隊長イルマ・メグミである
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